COLUMN / 立退き・明渡し(借主・テナント側)
立退きの返事前に確認すること
大家や管理会社から立退きを求められても、すぐに応じる義務が当然に生じるわけではありません。返事をする前に、自分の契約と貸主側の事情を、どこから確かめればよいのか。普通借家と定期借家の違いを入り口に、借主・テナントの立場から順番に整理します。
- 大家や管理会社から、「建て替えるので、次の更新はしないでほしい」と切り出される。
- 更新の時期に合わせて、「今回で契約を終わりにしたい」という通知が届く。
- 立退料の額を示され、明渡しの同意書にサインしてほしいと求められる。
店舗や事務所を借りて商売をしている方にとっては、事業の場所そのものがかかっています。すぐには返事を決めかねる場面ではないでしょうか。
先に、いちばん大事なところをお伝えします。こうして立退きを求められても、求められたからといって、すぐに応じる義務が当然に生じるわけではありません。借主は借地借家法という法律で手厚く守られていて、貸主の側に法律上の理由がそろわなければ、契約はそのまま続きます。ただし、所定の手続がとられ、その理由も認められれば、契約が終了して明渡しが必要になる場合もあります。応じる義務があるのかどうかは、いま結んでいる契約の種類と、貸主・借主双方の事情しだいで変わってきます。
この記事では、返事をする前に手元で確かめておきたいことを、次の順番で見ていきます。
この記事で確認すること
まず普通借家か定期借家か
出発点は、自分が結んでいるのが「普通借家」なのか、それとも「定期借家(定期建物賃貸借)」なのか、という点です。この違いで、その後の道筋が大きく分かれます。
普通借家には、期間が満了しても契約が続く仕組み、つまり更新があります。定期借家には、その更新がありません(借地借家法26条、38条)。定期借家は、あらかじめ定めた期間が来れば、原則としてそこで契約が終わる約束です。
| 契約の種類 | 更新の仕組みと期間満了時の扱い |
|---|---|
| 普通借家 | 期間が満了しても契約が続く仕組み(更新)がある |
| 定期借家 (定期建物賃貸借) | 更新がない。あらかじめ定めた期間が来れば、原則としてそこで契約が終わる約束(借地借家法26条・38条) |
同じ「立退きを求められた」でも、どちらの契約かで、この先の受け止め方は変わってきます。契約書の表題や条項だけでは、どちらか判別しにくいこともあります。定期借家として有効に成立するには、いくつかの要件を満たしている必要があるためです(この点は、3番目で触れます)。
まずは手元の契約書で、更新についての定めがどうなっているかを見ておいてください。
普通借家で更新拒絶・解約の申入れに必要な「正当事由」
普通借家の場合、貸主が更新を拒んだり、期間の定めのない契約の解約を申し入れたりするには、「正当事由」(=貸主の側に求められる、退去を通すだけの正当な理由)が必要とされています(借地借家法28条)。生活や営業の土台である建物から、貸主の都合だけで退去を強いられることのないよう、借主を保護するための規定です。賃料の不払いなど、借主の側に落ち度がある場合の解除は、これとはまた別の話になります。
正当事由があるかどうかは、一つの事情だけで決まるものではありません。法律は、次のような事情をあわせて見るものとしています(借地借家法28条)。
- 貸主と借主それぞれが建物を使う必要性(判断の中心に置かれます)
- これまでの契約の経過
- 建物の使われ方や老朽化の程度
- 貸主が示す立退料
ですから、「建て替えたい」「自分で使いたい」という貸主側の希望があるだけで、正当事由が備わるとは限りません。借主がそこで営業を続ける必要性が強ければ、正当事由が認められないこともあります。
正当事由が認められなければ、貸主は更新を拒めません。このときは、契約が法律の定めによって更新され(法定更新。借地借家法26条、28条)、期間の点を除いて、それまでと同じ条件で続きます。更新後は、期間の定めのない契約に変わります。反対に、次に見る通知の手順を踏み、そのうえで正当事由も認められれば、更新拒絶や解約の申入れは効力を持ち、契約は終了へと向かいます。どちらになるかは、まさに事案ごとの判断です。
その通知は更新拒絶・解約の申入れか交渉の持ちかけか
もう一つ、貸主から明渡しを求められても、その中身は一様ではありません。法的な効力をもつ更新拒絶の通知や解約の申入れであることもあれば、「できれば出てほしい」という交渉の持ちかけにとどまることもあります。どちらなのかで、こちらの受け止め方は変わってきます。
通知の要否とタイミングは、契約に期間の定めがあるかどうかで分かれます。
- 期間の定めのある普通借家では、貸主が更新を拒むための通知は、期間満了の1年前から6か月前までの間に、借主へ届いている必要があります(借地借家法26条)。
- 期間の定めのない契約では、貸主から解約の申入れがあると、正当事由があることを前提に、その日から6か月を経過して契約が終わります(借地借家法27条、28条)。
さらに、更新拒絶の通知がされていても、期間満了後に借主が建物を使い続け、貸主が遅滞なく異議を述べなかったときは、契約は法定更新されます。解約の申入れから6か月が過ぎた後も借主が使い続けた場合も同じです(借地借家法26条2項、27条2項)。
裏を返せば、こうした手順や正当事由がそろっていない「お願い」の段階では、それに応じる法律上の義務はまだ生じていません。
もっとも、法律上の義務がないことと、応じないほうがよいことは、同じではありません。貸主に相応の事情があるのなら、条件を交渉して、合意のうえで退去したほうが、結果として借主に有利になることもあります。いま自分が置かれているのが交渉の段階なのか、それとも法的な効力が生じる通知が来た段階なのか。そこを見極めてから、返事の中身を考えることになります。
定期借家だと言われたときの注意
貸主から「これは定期借家だから、期間が来たら更新なく終わる」と言われることがあります。定期借家であれば、正当事由がなくても期間満了で契約が終わるのが原則です(借地借家法38条)。
もっとも、期間が1年以上の定期借家では、貸主は期間満了の1年前から6か月前までに「期間満了で契約が終了する」旨の通知をしなければ、その終了を借主に主張できません。通知が遅れた場合も、通知の日から6か月を経過するまでは同じです(借地借家法38条6項)。契約書の中身だけでなく、この終了通知が届いているか、いつ届いたかも確かめてください。
ただし、「定期借家だ」と言われても、そのとおり定期借家として有効に成立しているとは限りません。定期借家には、書面で契約することや、契約に先立って「更新がなく期間満了で終了する」旨を記載した書面を交付して説明することといった要件があり、これらを欠くと、「更新なし」の定めは無効となり、更新のある普通借家として扱われます。なお、契約自体は書面のほか電磁的記録でもでき、説明書面も、借主が承諾していれば電子的な方法で受け取っていることがあります(借地借家法38条2項・4項)。定期借家だと言われたことを前提にすぐ判断せず、まずは契約が書面で結ばれているか、契約の前に更新がない旨の説明書面を受け取り、実際に説明を受けていたかを確かめてください。
なお、平成12年3月1日より前から続く居住用の賃貸借では、貸主と合意したとしても、当分の間、法律上、定期借家への切替え自体が認められていません。
定期借家そのものの成立要件や、貸主として定期借家を使う場面については、別のコラムで整理する予定です。
立退料を示されたら明渡しは決まるのか
立退料を示されると、その額を受け取って出ていく話なのだ、と感じるかもしれません。けれども、立退料が法律の上でどう扱われるかは、もう少し込み入っています。
立退料は、正当事由を判断するときの一要素です(借地借家法28条)。ほかの事情と互いに補い合って判断材料になるもので、立退料だけで正当事由が当然に認められるわけではない、というのが最高裁の考え方です(最高裁昭和46年11月25日判決)。ですから、立退料さえ払えば貸主が当然に明渡しを求められる、というわけではありません。借主の側から見れば、示された額を受け取る義務も、その額で合意する義務もありません。
金額についても、ひとことで相場を示せるものではありません。立退料の額は、貸主・借主それぞれが建物を使う必要性の強さ、これまでの契約の経過、建物の状態などによって幅が出ます。事業用であれば、移転にかかる費用や、店舗を移すことで生じる営業上の損失も加わってきます。といっても、これらが当然に全額補償される仕組みではありません。ネット上で「立退料は家賃の何か月分」といった表示を見かけることもありますが、それは法律上の算定基準ではありません。その額が保証されるわけでも、上限になるわけでもないのです。
金額そのものが何を見て決まるのかは「立退料はどう決まるのか」で、店舗や事務所を借りていて営業への影響が大きい場合の扱いは「店舗の立退きと営業補償はどこまで求められるのか」で書いています。
返事とサインの前にそろえるもの
明渡しの同意書や合意書にサインをすると、後で「正当事由がなかったのではないか」と争うことは、基本的に難しくなります。合意には当事者を縛る力があるからです。だからこそ、返事やサインは、条件を十分に確かめてからにしてください。
サインの前に、手元でそろえておきたいのは、次のものです。
- 契約書一式(普通借家か定期借家か、更新や解約の条項、特約の有無)
- これまでのやり取りの記録(いつ、どのような形で明渡しを求められたか)
- 退去することになった場合の条件(退去の時期、原状回復の範囲、内装や設備の扱い、立退料の額と支払時期。いずれも交渉の対象になります)
もう一点、期間満了や解約申入れによって契約が終了する場合には、貸主の同意を得て取り付けた造作や、貸主から買い受けた造作について、借主が時価での買取りを求められることがあります(造作買取請求=退去のときに、こうした造作を時価で買い取るよう貸主に求められる権利。借地借家法33条)。ただ、この権利は特約で外すことができ、実際の契約書でも排除の条項が置かれていることがあります。契約書の特約を確認しておいてください。合意して退去する場合の造作や内装の扱いは、退去条件の一つとして別に取り決めることになります。
弁護士の本音
相談に来られた方に、私が最初にお伝えすることは、だいたい決まっています。納得できないなら、サインはしないでください、です。契約書や合意書にいったん署名してしまうと、後からその中身を争うのは、そこからぐっと難しくなる。だから順番として、迷いや引っかかりが残っているうちは、まず署名を止めていただく。中身を詰めるのは、そのあとでかまいません。ただし、返事の期限が示されていたり、すでに法的な手続が始まっていたりする場合には、早めに確かめる必要があります。署名の前に、届いている通知や契約書の内容と、いつまでに返事をすることになっているのかを確認してください。
もう一つ、よくお訊きするのが、普通借家から定期借家への切替えを持ちかけられたときに、応じてよいのかどうかです。私の本音を言えば、基本は、その場で飲まないでください。定期借家に切り替えるというのは、平たく言えば、期間が来れば原則としてそこで契約が終わり、普通借家のように正当事由の有無をめぐって更新を争う仕組みがなくなる、ということです。立退料その他の条件が定められるかどうかは、そのときの契約や合意しだいになります。更新のときに立退きの条件を話し合える、いま手元にある交渉のカードを、手放すことになります。
では絶対に飲むなという話かというと、そうではありません。切替えと引き換えに家賃を下げてもらえるなら、失うもの(更新で守られる立場と、将来の立退きの場面で立退料などの条件を交渉できる余地)と、得るもの(減額される家賃の総額)を、並べて比べてみる。たとえば、二、三年後に補償なしで出ていく前提と、その間に下がる家賃の合計と、どちらが大きいか。並べたうえで、減額してもなお見合わないなら、私は飲みません。そもそも減額の話が出ていないのなら、条件の交渉はして当然だと考えています。
主要な根拠
- 更新拒絶・解約申入れの通知の時期・法定更新と、貸主に必要な正当事由(借地借家法26条〜28条)… 借地借家法第28条ほか(e-Gov法令検索) 第28条第1項「建物の賃貸人による……通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、……正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」
- 定期借家は、書面による契約、または契約内容を記録した電磁的記録による契約のときに限り「更新なし」を定められること(借地借家法38条1項・2項)… 借地借家法第38条(e-Gov法令検索)
第38条第1項「期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、……契約の更新がないこととする旨を定めることができる。」
第38条第2項「前項の規定による建物の賃貸借の契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その契約は、書面によってされたものとみなす。」 - 平成12年3月1日前にされた居住用建物の賃貸借は、その当事者が合意により終了させ、引き続き同一の建物について契約し直す場合でも、当分の間、借地借家法38条が適用されず、定期借家とすることができないこと(良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則3条)… 国土交通省掲載の法文/定期建物賃貸借Q&A(Q13) 附則第3条「第五条の規定の施行前にされた居住の用に供する建物の賃貸借(旧法第三十八条第一項の規定による賃貸借を除く。)の当事者が、その賃貸借を合意により終了させ、引き続き新たに同一の建物を目的とする賃貸借をする場合には、当分の間、第五条の規定による改正後の借地借家法第三十八条の規定は、適用しない。」この場合、契約全体が無効になるという意味ではなく、更新のある通常の借家契約として扱われます。
- 造作買取請求と特約による排除(借地借家法33条)… 借地借家法第33条(e-Gov法令検索)
造作買取請求とは、借主が貸主の同意を得て付けた設備などを、退去時に貸主へ時価で買い取るよう求められる権利です(特約で排除されることもあります)。
第33条第1項「建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。」 - 立退料は他の事情と相互に補充し合って正当事由の判断の基礎となるもので、それだけで正当事由を具備しない(最判昭和46年11月25日)… 裁判所 判例PDF 「立退料さえ払えば必ず明け渡してもらえる」わけではなく、立退料は正当事由を判断する材料の一つにとどまる、とした判決です。
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立退きを求められたときのご相談
契約と貸主側の事情を確かめて、ご自身で見通しが立つのであれば、それがいちばんです。
次のどれかに当てはまるなら、返事をする前に一度ご相談いただく価値があります。
- 更新をしないという通知や、明渡しの同意書へのサインを求められている
- 立退料の額を示されたが、その根拠の説明がない
- 「定期借家だから更新なく終わる」と言われている
- 返事やサインを急かされ、期限を切られている
当てはまるものがあれば、契約書とこれまでのやり取りを手元に、返事をする前にお声がけください。
